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≪箱と旅と思い出と≫


 
 修学旅行。
 喧嘩してしまって。
 もう、どうしようもなくて。
 整理したくても出来なくて。
 なのに顔をあわす度に口喧嘩になって。
 泣きたくなって夜に旅館を抜け出したとき。
 箱を、見つけたんだ。
 願いを叶えてくれると言われた。
 代わりに思い出をもらうと言われた。
 仲直りがしたいと願った。
 誰と仲直りしたかったのか、忘れた。
 お金持ちになりたいと願った。
 大切にしてたおもちゃは、なんだったろう。
 だんだん不安になってきて、問い掛けた。
 箱はどうして願いを叶える?
 箱はどうして思い出を欲しがる?
 思い出が無いからだと箱は答えた。
 自らの存在が不安なのだと答えた。
 可哀想だと思った。手を差し伸べようと思った。
 だから願った。箱は叶えた。
 そして、時は巻き戻る。
 そう。若干の手直しが加えられて。
 
 
 修学旅行一日目は、正直、疲れたとしか言い様がない。慣れない早起き。新幹線では騒がれて眠れなかったし。バスは眠れるには眠れるけど長時間では体痛くなるし。観光地に着く度に起こされるし。
 で、ようやく今日の観光地巡りが終わって、休憩時間と言える時間がやって来てくれた。
 数人のクラスメイトらと一緒になった旅館の部屋で、荷物を置くと畳に倒れるように転がった。
 まあ、風呂に入らなければならなかったり夕食を摂らなければならなかったりと、今日のスケジュールは残っているが、とにかく、俺は休む。
 誰にも、邪魔は、させない!
 と、心の中でだけ力強く叫び、安らかな眠りに入ろうとしたのだが、扉の開けられる音がして、瞑ろうとした目をそちらに向ける。
「孝作、いるね?」
「香山さん? どうしたの?」
「ああ古橋くん、ごめんね。ちょっと孝作に用事」
 やって来た女子生徒――香山沙希にクラスメイトが対応する。このまま床に突っ伏していても、どうせ起こされることになる。
 だがしかし、一秒でも長く転がっていたいのでそのまま現状維持。
「ああほらほら、寝てないで。来てよ、孝作」
 数秒後、叩き起こされて沙希に連れ出さる。いったい何だというのか。疲れてるっていうのに。
 廊下から少し歩いたところで、ため息をつく。
「で? 何の用?」
「外に行こう」
 答えず、立ち止まる。
「外へ行くのって、許可されてるの?」
「うん。なんか少しだけならいいよ〜って。一応、自由時間だし」
 大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
「俺は、というかお前は、何をしに行くんだ?」
「散歩」
 事もなさげに言ってくる。
 この女子生徒、香山沙希は中学三年生……というか、正確には高校一年からの付き合いである。中学三年の時はクラスメイト、その時はお互いに名前を知っている程度の仲だったのが、今の高校に入ってから急激に仲良くなった。
 単に、クラスで知っている人物がお互いしかいなかっただけなのだが。まあ、あまり悪い気はしない。
 それ自体はいい。が、今はとても嫌だ。
「なんで俺まで一緒に行かねばならんのさ? 疲れてるんだけど」
「おじさんみたいなこと言わないでよ。付き合ってくれたっていいじゃない」
 とか言われ、腕を引っ張って行かれる。そのまま旅館の入り口近くまで連れて行かれる。ロビーがあって、そこに小さなテーブルが幾つか備え付けられている。ソファも各テーブルに二つずつ。一カ所に四人が座れる。
 そんな場の一端に、見知った顔を見つける。
 一人静かに本に目を落とし、小さな、片手で包めそうなくらい小さな箱を膝の上に乗せている女子生徒。思わず、疲れも沙希も忘れてしまう。
「速水さん」
 声を掛けると、本から目を離す。
「あ、箱根君」
 やあ、と片手を上げる。
「どうしたの、香山さんも」
「散歩に行くって言うんだ。速水さんも、どう?」
 沙希に一度視線を向ける。少し表情が変化したが、気にせず視線を戻す。
「でも、香山さん――」
 遠慮がちに目を伏せ、沙希の方へ視線をやる。
「――いい、の?」
「別に。いいんじゃない」
 あまり顔には出さないが、不機嫌であるらしい。
 まあ、しょうがないさ。どちらかと言えば、俺は沙希よか速水さんの方が気に掛かる。好きとか嫌いとかそういうのとは関係ない。
 単に、彼女――速水琥珀さんは、最近転校してきたばかりなのだ。内気な性格からか、友達もあまり出来てもいないうちに修学旅行となってしまった。優しく声を掛ける子もいるにはいるのだが、それも少ない。そこで俺の出番。
 お節介で、こういったことを放っておけない性分らしいのだ。
 沙希が、俺を好いていて、あんまり快くは思わないだろうって事くらいは分かっている、けど、俺にとって沙希は――
「それじゃあ、行こうよ」
「うん。ありがとう」
 外はまだ明るかった。俺たちの他にも外に出た生徒らはいるようで、道は意外と知った顔ばかりだった。
 沙希に促され、旅館の周りをぐるりと一週。古びた町並みや、森林の多い景色。地元では見れないような風景に感嘆しつつ、三人で会話を楽しんだ。
 適当なところで旅館に戻り、解散となる。速水さんが去り、俺も自分の部屋に戻ろうとする。
「ねえ孝作」
「ん?」
 振り返って沙希を視界に収める。外は、もう夕暮れだった。
「……どうして、そんなに速水さんに肩入れするの?」
「心外だな。お前は充分に俺のこと知ってると思ってたけど」
 肩を竦め苦笑いする。沙希は口をすぼめ、やや顔を下に向けた。
「そりゃ、孝平がお節介焼きだってことくらい知ってる、けどさ」
「……けど?」
「なんだか、いつもと違うよ」
「そうかな?」
「そうだよ。絶対そう。ぜったい……」
 何故そう思うのか訊こうとしたが、やって来たクラスメイトに、もうすぐ時間だと促され、その場はお開き。納得してない様子の沙希だったが、見ない振りして大食堂の方へ向かった。
 食事の後は風呂に入って、それで一日終わり。
 沙希の言葉を気に掛けながら、俺は早めに床に入った。
 寝れなかった。いつまでも起きててうるさい部屋の連中をぶっ飛ばした。今度こそよく眠れた。
 朝がやってくる。本日は、自由行動。事前に活動予定表を書き、担任に提出。OKをもらえれば、その通りに行動できる。が、まあ活動予定通りに動くつもりなど無く、色々と無駄に歩いてみようと思っている。
 以前にしていた約束通り、沙希と速水さんと俺の三人で行く。
 ……はずだったのだが、
「イ・ヤ。私、一人で行く」
 沙希が離脱した。理由を訊く間もなく、出て行ってしまって引き留められなかった。速水さんが来たのはその少し後。
「あれ? 香山さんは?」
「いや、それが一人で行くとか言って、行っちゃったんだ」
「ああ……」
 相槌を打つと、うなだれて申し訳なさそうに目を細めた。
「私のせい、だね」
「なんで? あれは沙希が勝手に――」
 速水さんは首を振る。
「香山さんは、嫉妬……してるの。多分」
「嫉妬?」
 ああ……、と思う。沙希は、俺のこと充分に分かってくれていると思っていたのに。俺が、お節介焼きだってことくらい――
「箱根君。ちょっと来て」
 手を引かれる。言われるままについていくと、人の少ない、階段の下に辿り着いた。
「なに、どうしたの?」
「箱根君は、香山さんをどう思ってるの?」
 一瞬、息が詰まる。
「ど、どうって……」
「好きか、好きじゃないか」
「ス、ストレートだね」
「他に聞きようがないじゃない」
 答えようとするが、声は出てこない。
 困った、な。
「そう。じゃあ、質問を変えるね。箱根君は、私のこと好きなの?」
 今度は心臓が止まったかと思った。少し目を逸らしながらも、しっかりとした声で問われた。
「……分からない」
「箱根君が、曖昧だから香山さんも不安になるんだよ」
 視線を逸らす。
「自分のことお節介焼きだからって言ってるけどね、箱根君。私にばっかり構ってるように見えるよ」
「……そう、だったかな」
「香山さんが何か言ってなかった?」
 心当たりがあって、口を噤む。
「どっちでもいいから、ハッキリさせておきなよ。でないと、友達ですらいられなくなっちゃうから」
「ああ……、うん」
 頷く。が、それだけで身体のどこも動かない。
「急ぎなさいよ。香山さん、きっと待ってるから」
「分かった」
 ゆっくりと速水さんに背を向けて、歩き出す。歩みは、重い。
「急ぐの!」
 発破を掛けられ、ようやく俺は走り出した。
 沙希は、遠くへは行っていなかった。旅館を出たすぐの通り。公園のベンチに腰掛けていた。躊躇いがちに、近付く。
「沙希……。悪かった」
「何が?」
 こちらの顔を認めるやいなや、自らの表情を不機嫌で彩る。
「俺は知ってたのに、何も言わないで……、残酷なことをした」
「何を知ってたっていうのよ」
「……お前、俺のこと好きだったんだろ」
 一瞬、表情は凍った。すぐに溶け、吹き出す。
「バカ。なに勘違いしてるのよ。そんなわけ、あるはずないじゃない」
 笑っている。歯を噛みしめ、肩を振るわせ、瞼から涙を溢れさせて。本当に、おかしそうに笑っている。
「ごめん……」
 せめて、涙を払ってやろうと、近付こうとした。沙希は手で制して拒絶した。
「やめて」
「でも……」
「やめてよバカ! 私はね、あんたなんか嫌いなんだから! ずっとずっと、嫌いだったんだから。速水さんと仲良くしてれば!?」
「……ごめん。俺が、悪かった」
 言う、が泣きはらした沙希の顔が向けられて、その瞳に見据えられて、また声が詰まる。
「そう思うんなら、キスしてくれる? 抱いてくれる?」
「それは……出来ない」
「やっぱり、速水さんね……」
 ぐっ、と拳を握る。歯を食いしばる。目は、背けられない。
「速水が、寝取ったのね……」
「違う!」
 それだけは否定したくて叫んだ。負けじと沙希も怒鳴る。
「嘘つき!」
「嘘なんてついてない!」
「じゃあ! じゃあ……なんで!」
 気圧されて、何も言えなくなる。
「もういいよ……」
「沙希……」
「もういいよ!」
 立ち上がった。鋭く、睨み付けてくる。
「行っちゃってよ。私の視界から消えてよ」
「沙希……俺は――」
「ああそう! 行く気がないなら、いいよ。私が行くから」
 背を向けられた。
 何も、出来なかった。
 追うことも、引き留めることも出来ず、地に視線を落とす。
 何が……いけなかった?
 自問の答えは返ってこない。
 友達でいたかったのに。
 もう取り返しは付かない。
 ダメだ。もうダメだ。
 死にたいくらいに自己嫌悪。
 やり直せたら、どれだけいいか。
 これで二回目じゃないか。
(……?)
 二回目? 二回目って……なんだ?
「やり直したい?」
 誰かの声が聞こえた。
「また、やり直す?」
 何も考えず、出来るならそうしたい、と願った。
「私に、思い出を――」
 そう聞こえた。疑問が湧き上がる。
 カチリ。
 認識したその感触。リセットボタンの押された音。
 今度はもうちょっと、勇気を持ちたい――
 箱は、叶えた。
 そして、時は巻き戻る。
 修正箇所は、二つに増えた。
 
 
 旅館に着いて、やっとのんびり休めると思ったのに、今度は沙希に連れ出される羽目になった。仲が良いとは思うのだが、恋人気取りなのがちょっと嫌だった。
「何度も言うけどさ、俺、お前のこと、好きだけど好きじゃないぞ」
「……なに言ってんの?」
「いや、今はいいや」
 引っ張られるようにロビーにまで来たところで、速水さんにばったり出会う。手には本と、小さな箱を持っていた。
「これから散歩に行くんだけど、一緒に行かない?」
 誘い掛けると、沙希はちょっと嫌そうな顔をしたが、構わない。
「でも、香山さん――」
 遠慮がちに目を伏せ、沙希の方へ視線をやる。
「――いい、の?」
「別に。いいんじゃない」
 ああ、やっぱり不機嫌だ。声で分かる。けど取り敢えずは、関係ない。
「それじゃあ、行こう」
「うん。ありがとう」
 沙希が先行し、旅館の周りをぐるりと一週。古びた町並みや、森林の多い景色。地元では見れないような風景に感嘆しつつ、俺は速水さんとの会話を楽しんだ。
 適当なところで旅館に戻り、解散となる。速水さんが去り、俺も自分の部屋に戻ろうとする。
「ねえ孝作」
「ん?」
 振り返って沙希を視界に収める。外は、もう夕暮れだった。
「……どうして、そんなに速水さんに肩入れするの?」
「心外だな。お前は充分に俺のこと知ってると思ってたけど」
 肩を竦め苦笑いする。沙希は口をすぼめ、やや顔を下に向けた。
「そりゃ、孝平がお節介焼きだってことくらい知ってる、けどさ」
「……けど?」
「なんだか、いつもと違うよ」
「まあ、そりゃそうかな。お節介だけで、やってるわけじゃないから」
 すると、沙希は目をまん丸くした。
「え?」
「まあ、なんだ。彼女、いい子だよ」
「そ、それって?」
「沙希。一応、お前の気持ちは分かってるつもりだけど、俺にとっては、あくまで友達なんだ」
 言ったところで、やって来たクラスメイトに促される。
 沙希は、寂しげで悲しげな顔をしていた。声は掛けず、口の中でごめんと言い、その場から去った。
 風呂上がり。真っ直ぐ部屋には帰らず、涼しむつもりで旅館の中を歩き回っていた。その際、沙希に会った。
 気まずそうに、顔を背けると、すぐに走って俺から逃げていく。
 仕方ないかなと思う。引き金を引いたのは俺。撃ち出された言葉は弾丸となって、沙希を貫いた。傷付けたのは俺。癒えるまで、まともに顔をあわせられるようになるまで、待つしかないのだろう。
 次の日の自由行動では、待ち合わせに沙希は来なかった。仕方なく、速水さんと二人で予定していた通りの観光地を巡る。
 その途中で速水さんは訊いた。
「どうして、香山さん来なかったのかな?」
「……ちょっと、事情があってね」
「事情?」
「……失恋」
「え?」
「俺が悪い」
「あ……。そうだったんだ……」
 それ以後、しばらく会話はなかった。
 一通り見るところ見た後で、休憩しに喫茶店に入った。見知らぬ町で入る見知らぬ店。何もかもが新鮮である。
 当たり障りない会話から、いつの間にかさっきの話になってしまって、ちょっと気まずい。
「まあ……、そうだね。沙希は、俺のこと好いてたみたいだし……」
「でも箱根君は別の子が好きだった、と」
「……女の子って、なんかこういう話、好きだよね」
「で? 誰、なの? 箱根君の思い人」
「まあ、それはまた今度にしよう」
 笑って誤魔化すのが精一杯だった。
 旅館に戻ってからは、風呂に行ったり部屋でのんびりしたりと過ごしていた。本当に、のんびりした時間を満喫していたのだが。
 だから、その場面に出くわした時は本当に、どうするべきか分からなかった。
 軽くジュースとつまみでも買いに行こうかと、売店のある一階へ下りていった時だった。残念ながら売店は閉店していて、その代わりに自販機でジュースだけでも買おうと、別のところへ足を向けた時だった。
 夜だったし、消灯時間も迫っていた。出歩いている生徒は、少なかった。そしてその場所は、本当に人気がなかった。
 そこにいたのは二人。どちらも、知っている人物だった。
「お願いだから――」
 挨拶しようとしたが、聞こえてきた言葉に心が揺れた。足が止まる。その声の主が、沙希だったからかもしれない。
「――私の孝作を盗らないでよ……」
 相手は速水さん。速水琥珀さん。
「なんの……こと?」
「とぼけないでよ」
「え? 箱根君……は、そんな……、もしかして?」
「そうやって、知らなかった振りしてれば済むと思ってるの? 一体、いつの間に、そんな……。この――」
 右手が上げられる。沙希の感情が爆発しそうになるのが分かり、飛び出す。
「――この! 泥棒猫!」
 振り下ろされる前に、俺はその手を掴み、止めた。
「ッ……、孝作!」
「箱根君……?」
 驚きを隠せない様子で二人は口を小さく動かした。
「沙希……止めてくれよ」
「離してよ」
 言われた通り、手を離してやる。バツが悪そうに視線を床に向ける。しかし、怒りはおさまるわけもないようで、表情に滲み出ている。
 沈黙。それを破ったのは、沙希だった。
 声は上げてない。ただ、足音だけを残して走り去っただけ。でも残された足音は泣いているようなリズムで、鼓膜を強く叩いた。
「どうして、こうなっちまうんだ」
 髪を掻きむしって、床を睨む。速水さんは、ただ静かに佇んでいる。
「俺は、みんな……仲良くできればいいって、思うだけなのに。いつも泥沼だ。これで三度目だ」
 え? と速水さんの疑問の声。それと同時に、俺の疑問も。
 三度目って……、いったい、なんだ?
「やり直し……したい?」
 声に反応して顔を上げた。
「今の、速水さん?」
「え、何が?」
「やり直したい?」
 速水さんではない。どこから声が聞こえる?
「やり直すの?」
「ああ……。やり直せるのなら、やり直したい」
 わけが分からなかったが、惹かれるように、その問いに、答えた。
 カチリ。リセットボタン。
 目の前が暗闇に。
「私に、思い出を――」
 次はもっと、後先を考えられるようになりたい――
 箱は、叶えた。
 そして時は巻き戻る。修正される。
 
 
「――これで八回目」
(――十三回目)
「――二十回」
 三十。四十。
 繰り返される。繰り返される。
 五十。六十。
 何度でも。何度でも。
 七十。八十。
 願う限り。
 箱は叶える。
 それでも箱は手に出来ない。
 存在の証。思い出の欠片。
 箱はうすうす気付いてる。
 何度も繰り返し、もう気付いている。
 最初の修正が間違いだった。
 人の形などいらなかった。
 箱はもう決意した。
 思い出は欲しい。だが――
 
 
 情けない。
 告白されたくらいで取り乱して、下手な冗談言って怒らせて。そこから口論。喧嘩になって。
 消灯時間も過ぎているのに旅館から抜け出して、近くにあった公園で星を眺めていた。それも辛くなって今は俯いている。
 泣きたいくらいだった。いや、たぶん泣いている。
 雫がこぼれ落ちていく様を見ていたのだから。
 ふと、涙が零れた場所が、物であることに気付く。暗くてよく見えなかったが、それは小さな箱だった。拾い上げてみれば、どこかで見たような覚えのある、片手で包めそうなくらい小さな箱。何故だか、愛おしくさえ感じる不思議な箱。
「なんでこんなところにいるんだ?」
 当たり前だが、箱は語らない。
「……こんな箱に話し掛けるなんて、俺もどうかしてるな」
 そう思いつつも、何故だか親しみがあった。箱が公園の街灯に照らされる。反射したその光に、励まされたような気がして、立ち上がる。
「せめて……仲直り、できたらいいな」
 ささやかな願い。口にして歩き出した。
 沙希は、待っていた。旅館の前で。
 謝って自分の気持ちを口にすると、微笑んで頷いた。
 そこで先生に見つかって、説教を食らう。苦笑い。
 次の日からも、二人の関係は何も変わらなかった。いつも通り。ただの友達。マイフレンド。
 旅行の終わり。帰りの新幹線の中で、沙希は言った。
「友達から進展することも、あるのかな?」
「それは俺に聞くな」
 苦笑いして窓の外を見遣る。手の中には公園で拾った小さな箱があった。
「それ、なに?」
 始めて気付いたようで、沙希は首を傾げた。
「拾ったんだ」
「そう……」
 口には出さないけれど、きっと、この修学旅行を、いい思い出として懐かしむ日が来るのだろう。この小さな箱を見る度に思い出し、甘酸っぱいような気持ちになるのだろう。
「あ……そういえば……」
 ふと違和感を感じ、声を上げる。
「うちのクラス、転校生っていなかったっけ?」
「いないでしょ。……夢でも見たの?」
「ああ。いや、そうだよな……」
 もう一度、窓の外に目を向ける。目まぐるしく建物が流れていく。けど、青空はいつもそこにある。
 長かったな、とふと思う。
 何が長かったのかと疑問に思う。
 そんな旅行の終わり。これが、旅の終わり。
 箱は思い出を示す品。
 小さく光り輝いて、優しく何かを告げてくれる。
 声に耳を傾けて、俺は、少し夢を見ることにした。








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