普通の家だ。
駅も遠く、見渡す限り山と田畑ばかりで、町中と比べてとっても不便という点に目を瞑れば、これ以上なく普通の家である。
十二月三十日から一月の三日まで。そこそこに長い休みを取って、のんびりとコタツでぬくぬくしつつテレビの年末番組を見ていた。今日は大晦日である。
年賀状は出さないと失礼に当たる相手以外には出していない。面倒くさいからだ。そもそも、年賀状を出さねばならないほど脆い友情関係は作っていないし、作ろうとも思わない。
年越しそばにはカップラーメン。おせち料理には惣菜。年末年始にわざわざ労力を使えるほど楽な暮らしでもない。休みが取れたのはその前に休みを返上して働き詰めたからだ。楽な暮らしではないが、正月にのんびりするくらいの贅沢はしたい。
そろそろテレビが面白くなるだろうという時間帯。呼び鈴が鳴った。コタツから出たくなかったのと、テレビを見続けたかったので最初は無視したのだが、諦めず何度も何度も呼び鈴は鳴り続ける。仕方なくコタツから出て、玄関を開けた。
「どなたですか」
「こんばんは。突然の訪問、失礼します」
目の前にいたのは牛だった。しかし声は違う方から聞こえる。そりゃそうだろう、牛は喋らない。喋っていたのは、牛の足下にいたねずみだった。
ねずみが喋っていた。
「あ……ああ、何か御用ですか?」
驚きのあまり、ねずみ相手につい敬語になってしまった。
「私は見ての通りのねずみでございます。そしてこちらは友人の牛さんでございます」
ねずみが紹介すると、牛は丁寧に頭を下げて、よろしく、と言った。どうやら牛は喋るらしい。
なんで動物が喋るのか良く理解できなかったが、人の言葉を喋ることの出来る鳥がいたことを思い出し、なんとなく理解した。きっと、彼らも喋れる動物だったのだろう。
「えっと、それで、ねずみさんと牛さんが、何の御用でしょうか」
とりあえず聞いてみると、ねずみが丁寧な口調で答える。ねずみはとても紳士的だった。
「まことに申し上げにくいのですが、私たち、住んでいた場所を追われまして。いえ、幸い私たちには毛皮があります。眠る場所には困らないのですが、今日は大晦日です。せめて今日だけは温かく雨風のしのげる場所で過ごし、新年を迎えたいのです」
「それでうちに?」
「はい。この辺りで灯がついていたのはお宅だけでしたので」
「そりゃそうだね。この辺りには僕の家しかない。とりあえず話は分かったよ」
「はい。図々しいとは思いますが、どうか、今日一日の宿をお借りできないでしょうか」
もしこれが人間だったら即刻追い返すところなのだが、相手はねずみと牛である。しかも喋る。動物たちがどんなことを考えて生きているか知りたい気持ちもあって、僕は彼らを追い返すことはなかった。
「いいでしょう。一日くらいの宿なら安いものです。中にどうぞ」
「ありがとうございます」
ねずみと牛はやはり丁寧に頭を下げた。
「でも牛さん、よだれは垂らさないでね」
「心得ております」
「ところでご主人。何か拭く物はございませんか?」
ねずみが聞いてきた。
「あるけど。どうして?」
「私たちには靴を履く習慣がありませんので。このままでは土足でお宅にお邪魔するということになってしまいます。お貸し頂けませんか」
「そういうことなら、いいよ」
「ありがとうございます」
ねずみと牛はまた深々と頭を下げた。
居間が広いだけが自慢の家である。牛一頭とねずみ一匹。そして僕が居ても狭くは感じない。ねずみはコタツの上に。僕はコタツの布団を膝まで被っている。牛はその近く。一匹と一頭と一人でテレビを見ていた。
物珍しいのか、ねずみと牛は目を輝かせてテレビに見入っていた。
どうやら彼らは特別らしく、人語を解し話せる代わりに他のねずみや牛の言葉は分からないらしい。ちゅーちゅー言うだけで何だか馬鹿らしく見える、というのはねずみの言。モウモウと鳴くだけで汚らしい、と言ったのは牛の方だった。
彼らが友人であるのも当然のように思える。
大晦日恒例のドラえもんを見ていたら、また呼び鈴が鳴った。やっぱり億劫なのだが、出ないと先程のようにしつこく呼び鈴を鳴らされそうである。しぶしぶ立ち上がり、玄関を開けに行った。
開けた先には、ウサギをくわえた虎がいた。
思わず絶句して立ちすくむ。するとくわえられたウサギがヒョイと顔を上げた。目が合う。
「そんなに驚かないで下さい。取って食われたわけではありません。こいつは体がデカい割に気の良い奴でして、僕をここまで運んでくれたのです」
驚いたのは虎の存在になのだが、ウサギにそう言われると何だか妙に安心してしまった。
虎がウサギを放す。着地して、ウサギは耳をぴょこぴょこ動かしてこんばんは、と挨拶した。虎は上目遣いに頭を下げて、同じように挨拶してきた。
「突然の訪問申し訳ない。実は僕たち、住んでいた場所を追われましてね。放浪の旅をしているのです。ですが今日は大晦日――」
あとはねずみと牛たちと同じだった。
すでに一匹と一頭を家に上げていたので特に断る理由もなく、僕はウサギと虎を家に入れた。虎は牛の隣に、ウサギはコタツの布団の上に着いた。
少し狭くなったようにも感じるが、まだまだ余裕である。
ドラえもんが終わる頃、風が強く吹いているのかなにやら轟音が響いてきた。続いて呼び鈴が鳴る。
玄関を開けると凄い風が吹いていた。飛ばされそうになるも、家の中が風でめちゃくちゃになるのは避けたくて、外に出て玄関を閉めた。
蛇がいた。
「夜にうるさくてすみません」
風がうるさくて良く聞こえなかったが、とりあえずは会話できた。
「おやおや。蛇さんもうち新年をうちで迎えたくてここへ?」
「あ、はい。そうです。よく分かりましたね。ここ最近は寒くてろくに冬眠も出来ないのですよ。寝不足気味でして。せめて初夢が見たいと思い、宿をお借りしたくて」
「いいよ。上がって。安眠できる部屋くらいはあるから」
玄関に引き返そうとしたら、蛇が慌てて道を遮った。
「ああ、お待ち下さい。実は私の友人も来ているのです」
「友人? どこにいるの?」
「空です」
見上げると、龍がいた。夜空を泳いでいる。喋る動物がうちに何匹も上がり込んでいる。もう龍如きでは驚かない。
「彼は昔から寂しがり屋で、大晦日になると住処に誰もいなくなるからと一緒に過ごしてくれる方を探しまわるのです」
蛇は尾を振って龍に合図した。龍の顔だけが降りてくる。角と髭が生えた蛇のような顔だったが、なぜだかどこか愛くるしかった。
「こんばんは。うるさくしてしまってごめんなさい」
「この風は龍さんが飛んでいるからだったんですね」
「はい。そうです。ごめんなさい」
「実は今日は色んな喋る動物さんたちがうちに来ているんです。一緒に新年を迎えませんか?」
「ああ、ありがとうございます。そう言ってくれるとは。本当に嬉しい限りです」
僕の頭より大きい瞳を、礼のように動かす。体を動かすとまた風が吹くから、それを配慮してのことだろう。
「でも残念ながら、僕の家は龍さんを入れられるほど大きくはないのです。どうしましょうか」
「ああ、そんなお気遣いまでしていただけるとは。大丈夫です。私はこれでも神獣ですから、外にいても全然平気です。寒くなんかありません。こうして頭をお宅の側に置かせていただいて、みなさんとご一緒できればそれだけで満足です」
「そうですか。じゃあ、せめてみんなの姿が見えるようにカーテンは開けておきましょう」
「ありがとうございます。今年はあなたに会えて本当に良かった」
「でも風がうるさいと困るから、できれば近くに体を降ろしておいてくれませんか」
「分かりました」
「あ、田んぼとか畑とかは潰さないように気をつけて」
「大丈夫。これでも神獣ですから」
こうして僕は龍を外に残して蛇と一緒に家に入った。約束どおりカーテンを開ける。龍の顔は目の前にあって、瞳はこちらに向いていた。
蛇はコタツの上のねずみの近くに陣取り、そこでとぐろを巻いて眠り始めた。僕もコタツに入ろうかと思ったが、客が多くなってきて気分が良い。コタツへは入らず、台所へ足を向けた。
本当は自分のために買ってきていたカップラーメンの段ボール箱を開ける。中には十二箱のカップラーメンがある。これの他にもう二箱ある。合計で十四。充分全員に行渡る量だろう。
年越しそばを全員に振舞ってやろう。と、そう思い至ったのである。
二つあるコンロを両方使い、目一杯にお湯を沸かす。それぞれ七つの箱を開け、作る準備をしていく。そういえば、ねずみやウサギは体が小さい。大は小を兼ねる。彼らにはカップラーメン一杯で充分だろうが、体の大きすぎる龍はどうだろう。普通の人間が食べるカップラーメンの量では少なすぎるような気がした。
しかし、だからといって一匹にだけ多く与えるというのも不公平に思える。僕は公平が信条だ。やっぱり各自には一つずつという方がいい。
そんな風に台所で作業をしていると、また呼び鈴が鳴った。まずは火を消す。玄関に出てみると、馬に乗った老猿が羊を連れて来ていた。
客人がまた増えた。
彼らもまた住む場所を追われたとかでずっと旅をしてきたのだという。大晦日を屋根のある場所で過ごしたいという点も他と同じだった。
やはり僕は招きいれた。
幸い、カップラーメンにはまだ余りがある。再びコンロに火を点け、彼らの分も用意した。やがて十人前のラーメンが出来上がる。
一匹ずつに配って、僕もコタツに座って食べ始めた。やっぱり体の小さい動物たちは、その量にすぐご馳走様と言っていた。逆に龍はその量に少しだけ落胆したようだったが、何度も礼を言ってきていた。
食べ終わるころ、龍が髭で窓を叩き何かを合図をしていた。なんだろうと思って玄関に出て訊ねてみると、近くで二匹の動物が喧嘩しているのが聞こえるという。
庭を出て、龍が体で示してくれた方へ行ってみたら、犬と猪が口喧嘩をしていた。
「犬さん、猪さん、こんな夜にどうしたんですか。何を喧嘩しているんです」
「ああ、これはこれは。ご迷惑をお掛けしてしまいましたか。いえ、実はこの犬めが、私の鼻が豚のようだと貶すものですから少し注意をしていたのです」
すると犬は首を振って反論した。
「何を申しますか。猪の方こそ私を狼のような無頼者のように言ったではありませんか。私が狼なら猪は豚だと言ったまでです」
「まあまあお二人ともお気を静めてください。今日は大晦日ですよ。喧嘩したまま新年を迎えるというのも嫌でしょう。仲直りしていかがですか」
すると猪はうむむ、と唸った。犬は沈黙。
「まあ、そうですな。このまま新年を迎えてしまうというのも癪です。少し大人になりましょう」
「そうですな。今日のところはこれで引き下がりましょう」
猪と犬は納得したのか、ひとまずはお互いに頭を下げた。
「それじゃあお二人とも、これから僕の家に来ませんか。今日は色んなお客さんが来ているんです。ご一緒してはいかがでしょう」
犬が尻尾を振る。
「おお、それはありがたい。実は私たち、住む場所を追われましてな」
「せめてどこか屋根のある場所で新年を迎えたいと思っていたところなのですよ」
「それじゃあ行きましょうか。僕の家はすぐそこです」
二匹を案内して家に戻る。犬はコタツが気に入ったようで、うつ伏せに寝転がり下半身をすっかり布団の中に入れた。猪は羊の隣に座り皆と同じようにテレビに目を向けた。
犬と猪の分のカップラーメンを用意する。その間、ふと思う。
珍しいこともあるものだ。喋る動物が次々に来訪してくる。しかもどれも十二支といわれる動物たちだ。
十二個目のラーメンにお湯を注ぐ。
十二。そう。十二だ。十二支が全部揃っている。本当に珍しく、奇妙で微笑ましい。
二つのラーメンを犬と猪に配る。それぞれ感謝の言葉とともに食べ始めた。食べ終わった動物たちのカップを片付ける。はたと気付く。十二支は全部揃ってない。
僕を含めて十二のラーメンだった。
お客を全て視界に入れてみる。
子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、戌、亥。
……酉。鳥がいない。
ならきっとこれから来るのだろう。次はきっと鳥が来る。
そう思った矢先、また龍が窓を叩いて知らせる。さっきよりも強い。割れてしまいそうな気もしたが平気だった。呼びかけに応え、外に出てみる。
「倒れたんです、あの、そこで倒れてしまったんです」
「龍さん、落ち着いてください。何が倒れたんです?」
「あ、あれです」
と、髭を動かして指し示す。その方向に視線を向け、歩み寄ってみる。黒っぽくてよく分からなかったが、そこには確かに何かがうつ伏せに倒れている。
「大丈夫ですか?」
声を掛けて起こしてみる。
「ああ、申し訳ありません。少し眩暈がしまして」
ペンギンだった。酉といえば鶏のはずなのだが、やってきたのはペンギンだった。鳥類であることは認めるが、酉ではないと思う。
「ペンギンさん、いったいどうしたのですか?」
「いえ、なんでもありません。長旅で少々疲れただけです。このままここでしばらく休めば大丈夫でしょう」
「しかしペンギンさん。お体を見る限り、そんな様子には見えません。どうでしょう、僕の家にいらしては。ゆっくり休むことくらいは出来ますよ」
するとペンギンは首を横に振った。
「ありがたいのですが、それではお宅にご迷惑でしょう。遠慮させていただきます」
「迷惑だなんてことはありませんよ。もう沢山お客さんが来ていますし、ペンギンさん一人増えたところで変わりもしません。一緒に新年を迎えましょうよ」
「ああ、ありがとうございます。申し訳ありません。ご厄介になります」
こうして僕はペンギンを連れて家に帰った。これで十二支が揃った。揃ったと、思う。そう思っておく。別に揃わなくても何でもないのだが、揃ったと思ったほうが愉快だ。
ペンギンを僕の側に寝かせる。安心したのか、ペンギンはそのまま寝入ってしまった。
そろそろ年も明ける。そんな時刻になった。
やっぱり愉快な気分になっていた僕は、一升瓶を二本ほど棚から出した。中身は当然、日本酒である。
十二支たちと酒宴というのも、粋ではないだろうか。
それぞれグラスに注いだり注がれたり。ねずみは一口含むところりとひっくり返ってしまった。牛はのんびりマイペースで飲み、虎と馬は酔ったのか終始笑い合っていた。ウサギはぴょんぴょん飛び跳ね、蛇はとぐろを巻く。龍は、やっぱりこれだけの量じゃ酔えないと、少し寂しそうだった。
猿は僕に酌をしてくれる。犬と猪は飲み比べで勝負していた。
羊は飲まないでペンギンの看病をしていた。
「ご主人、ご主人」
羊が呼ぶので顔を向けてみる。
「ペンギンさんが目を覚ましましたよ」
それを聞いてペンギンを見遣る。起き上がって小さくあくびをした。
「いや、よく寝ました」
「ご機嫌はどうですか、ペンギンさん」
「だいぶ良くなりました。ありがとうございます」
「それは良かった。いま年越しそばを持ってきますね。お酒もあるので一緒にどうぞ」
「ああ、何から何まで申し訳ない。ありがとうございます」
ラーメンを作り、ペンギンに渡す。よほどお腹が空いていたのか、ペンギンは一気に平らげてしまった。
酒宴は続き、ついに年が明ける。
「明けましておめでとうございます」
十二支と僕とで新年の挨拶が交わされた。そのあとはまた変わらず、動物たちと楽しく過ごした。
◇
気付いたときには僕は眠ってしまっていたらしい。窓からは朝日が差していて、部屋は綺麗に片付けられていた。
ああ、なんだ。
今までのは夢だったのか。
それはそうだ。喋る動物がいるなんて有り得ないし、そもそも十二支と一緒に酒宴だなんて話、夢でないと実現できない。
いい初夢を見た。そんな風に思って、とりあえずは年賀状が来ているかの確認のため郵便受けを見に行く。
今までに無い量の年賀状が届いていた。知り合いのお返しを含め、合計十四枚。よく見てみると、そのうちの十数枚は、ねずみやら虎やらの絵がそれぞれに描かれていて、今年の干支である酉の書かれているものはほんのわずかだった。
奇妙に思ってそれらをさらによく見てみると「昨晩はありがとうございました」「このご恩は忘れません」など、僕に対するお礼の言葉ばかりが書かれていた。
周りを見渡してみる。空は雲一つ無い青空。風は冷たいが陽は柔らかく温かい。ふと視線を地に戻すと、巨大な縄か何かが長時間そこに置かれていたかのような跡がついていた。長く、長く。
龍の跡だ。その跡は、龍が鎮座していた場所と一致する。
ああ、夢じゃなかったのか。
年賀状をもう一度見てみる。酉ではない動物の絵が描かれていたのは十一枚。それぞれが残していった年賀状なのだろう。どこで手に入れたのか、どれも今年度発行された年賀葉書だった。
酉――ペンギンが書いたと思われる年賀状を探してみる。念のため郵便受けの中を再び確認してみたが、それはない。なんでだろう。不思議に思う。
家に戻る。居間のコタツでぬくぬくしながら、届いた年賀状を眺めていた。昨日は楽しかった。珍しい経験をした。今まで生きてきて一番面白い大晦日だったかもしれない。
テレビを点けると新年番組がやっていた。
「お茶が入りました」
「ありがとう」
お茶を受け取る。
……誰から?
ペンギンだった。
「あれ、ペンギンさんはまだいらしたんですね」
「はい。みなさんは朝方帰られましたが、私には行くアテもありませんので」
「そうなんですか」
「ええ、そうなんです。その上、みなさんのようにお礼を差し上げることも出来ません。なにせ無一文なものでして。しかし、その代わり――」
「いえいえ、お礼なんていりませんよ」
言いかけた言葉を制し手を振って示すが、ペンギンは首を横に振った。
「いえ。それでは私の気が済みません。どうか私めを恩知らずな鳥にしないで下さいませ」
「そんな大したことなんてしてないですよ。お礼なんてとんでもないことです」
「ご主人にしてみれば大したことではないかもしれませんが、私を始め、昨日厄介になった者は皆一様に感謝しているのです。こんな私たちを温かく家に招き入れてくれる方などそう居ません。どうかご主人に仕えることをお許し下さい」
それが、彼なりの礼らしい。
ペンギンは、西洋の紳士みたいな仕草で頭を下げた。よく見ると胸から腹、足の付け根までは白いが、それ以外は黒い部分が多い。蝶ネクタイを締めてシルクハットをかぶれば、そのままタキシード姿の紳士ペンギンになりそうだ。
断る理由も、良い口実も見つからなかったので僕は、ペンギンの申し出を受けることにした。喋るペンギンが僕に仕える。召使いはペンギン。
奇妙で不思議だが、なんだか微笑ましいとも思う。
「じゃあ、ペンギンさん、これからよろしくお願いします」
「はい。こちらこそよろしくお願いします、ご主人様」
こうして僕は、召使いを得た。
数週間後。
ぱたぱたと慌ただしく家事をしてくれるペンギンの姿をコタツに入りながら見つめる。新聞に目を通すと、年賀葉書のお年玉抽選の当選番号が書かれた表があった。
人間から届いた三枚はどれもハズレであったが、十二支たちからもらった葉書は、賞の大きさはまちまちではあるが全て当選していた。大きい物は一等賞である。
なるほどなぁ、と感心する。
これが彼らのお礼、ということなのだろう。
僕に仕えるペンギンと、全て当選した十一の動物からの年賀状。
十二支の恩返し……か。
恩返しというのは動物の世界では当たり前なのかもしれない。十二支たちはきっちり僕に恩返ししてくれた。
そういえば恩返しで有名な鶴も鳥だったか。今年は酉年。今、僕の下にはペンギンがいる。取り込んできた洗濯物を畳んでくれている。
ペンギンの恩返し。こういうのも、いいだろう。
でも、思う。鳥類だと認めてはいるけど、やっぱり思う。
ペンギンは、酉じゃない――
終
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