一、雨の日
◇
四回目をしようとしたとき、彼女は咳き込みながら目を覚ました。
「おはよう」
目覚めの挨拶をするが、その女の子は焦点の定まらない目でぼんやりと空を見上げている。無機質な瞳になぜか惹きつけられる。
「おはよう。気分はどう」
「最悪」
もう一度繰り返すと、怪訝な顔でようやく僕を見た。濡れた長い黒髪が顔にかかる。彼女は背中を地面に合わせたままそれを面倒くさそうに払った。肌には細かい砂利が張り付いている。
「そう」
「あなた、何者?」
「僕? 僕は天野怜司。高校二年生。今日は雨で帰りが遅くなったところ、川に沈みそうな君を見つけて引き上げた。君は息をしていなかったから介抱した。オーケー?」
一気に言い切って、肩をすくめる。
「どうして生きてる?」
「え? えっと……」
うーん、と頭を抱える。
「死ぬ理由がないから、っていうのはどうかな」
「――そっか、私、まだ生きてるんだ」
「僕の話聞いてる?」
「介抱って何?」
「俗に言う人工呼吸というやつ」
「ベタね」
「僕の数少ない特技の一つなんだよ」
「面倒をかけたわね」
彼女は僕の会心の冗談には反応せずに立ち上がった。表情に変化は無いが、断続的に咳をこぼしている。まだ完全に肺から水が抜けきっていないのだろう。
そのまま僕に背を向け、歩き出した。少し覚束ない足下が不安だ。
「病院に行った方がいいよ」
「病院は嫌いなの」
「君、いつか死ぬよ」
彼女はふらつく足を止め、振り返る。鋭い目が印象的だ。
「次はあなたのいないところでやることにするわ」
「君、変な人だね」
「お互い様ね」
口の端を軽くつり上げ、今度は振り向かずに去っていった。
濡れた髪がメガネに張り付いて視界が悪い。手で払うと余計な水分が水たまりに落ちた。波紋が広がっていく。そこで自分がびしょ濡れになっている事に気づいた。
濡れている者は雨を恐れないという諺を思い出す。なるほど。
水たまりに動きはない。
夕方の曇り空を見上げる。いつの間にか雨は上がっていた。
「傘、どこへやったっけな……」
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