Last Chapter Happiness
夏休みの間に僕らは遠出を二度した。
墓参りである。晴香の父の眠っている墓地は近かったからいいが、僕の両親と、美里と美也の両親の墓は遠かった。しかも別の地方。
美里と美也の両親――佐々木家の墓のあとに、筑波家の墓へと向かった。近いところから順にである。僕の両親の墓が一番遠かった。
両親の墓に手を合わせ、線香をやる。そして花も添えた。
墓は綺麗に手入れされていた。これも父を慕う誰かのお陰か。
今まで一度も来なかったことを謝り、墓石の前で礼をする。
「父さんがくれようとしていた幸せって、これなんだよね」
呟いて背を向けると、強い風が吹いた。
木々がざわめき、それらの一部の葉が宙へと舞う。
「そう、ありがとう」
一足先に道を行っていた晴香達に追いつくよう、駆け足で立ち去る。また風が吹いて、その音が、何かを言っているようにも聞こえて振り返る。
なにもない。ただ、僕を生み育ててくれた両親の墓があるだけ。
それでも、いや、だからこそ僕は、精一杯微笑み返した。
「敬介くん、もういいの?」
「うん。行こう」
美也は晴香と手を繋ぎ、美里は僕の腕にしがみつく。
「お兄ちゃんの腕、意外と太いんですね」
「いやだから、一応鍛えてるんだよ? それでも女に見られる」
そんな様子を見ていた晴香は、爽やかに微笑んだ。そして思い出したかのように口にする。
「浮気って裏切りだよね?」
「え? ああ、そうだね」
「他のはともかく、浮気した場合だけは、敬介くん殺して私も死ぬ」
「そんな恐いことをにこやかに言われても困るよ」
あははっ、と苦笑しながら美里が腕から離れる。
……もしかして、仁義なき(女の)戦い?
いや、さすがに今のは冗談だろう。そういうことにしておこう。
「これから、どうしようか?」
「おなかすいたよね?」
美也が発言をする。お腹を押さえて言うところが可愛らしい。
「せっかくだから、なにか食べて帰ろうか」
「賛成」
提案には全員賛成で、僕の生まれ故郷の名物料理を食べに行くことになった。そこでなにを食べるかは僕に一任されたわけだが。
ここの名物って、なんだろう?
そんな疑問を持ちながら、とりあえずは家族を引率していく。
陽射しは厳しく、蝉はあちこちで合唱する。
空は突き抜けて青く、どこまでも広がっている。
僕と晴香は、そのうち籍を入れるだろう。国からも家族と認められるだろう。いつか子を授かることもあるだろう。
美里も美也も、まだ見ぬ我が子も、成長して巣立っていくだろう。
祖父から父へ。父から僕へ。
絆は次の世代へ伝えられていく。いつかは僕も伝える側に回る。
その役目が僕に務まるか心配で、それ以上に、家族の責任を果たしていけるかが最も不安で、たまに押し潰れてしまいそうな時もある。
けど、けど――
「……ところで敬介くん、名物ってなに?」
「知ってる? 青山先輩、水城さんと付き合ってるんだってさ」
「水城さんって誰?」
「ああ、知らなかったっけ。ほら、僕が――」
「名物知らないならそう言えばいいのに……」
美里がなにやら小さな本を取り出す。
「餃子といちごが美味しいそうです」
「ギョーザたべたい」
「オーケー。美里ちゃん、案内よろしく」
「ええー。本貸しますからお兄ちゃんにお願いします」
強制的に本を持たされる。
「あー、分かった。んじゃ、とりあえずそこ左」
――けど、この幸せを守るためなら、生命さえも惜しくないと、本気で思う。
助けてくれた人たち。
もう会えないけれど僕たちに生命を与えてくれた人々。
そして、僕と、愛する家族と。
一人一人の、細くて弱い糸たちが、奇跡的な確率で巡り会い、交差し、どこかで結ばれ、どこかで絡まり、どこかで繋がる。
誰かを助け、誰かに助けられ、成長していくのだろう。
僕たちはそうして固く強くなっていくのだろう。
そうやって子を育て、世代を重ねていくのだろう。
確かに僕は傷付いた。親を恨みもした。孤独であろうとした。
けれど、この家族との繋がりを否定することなど、もう出来ない。
誓う。
僕は幸せに生きていくと。
そして、二度と絆を絶やさないことを。
それが僕に絡むすべての糸たちの望みであると思うから。
僕の家族に贈る、最高の愛情だと思うから――
「……迷った。ごめん」
「敬介くん、それはちょっと冗談じゃないよ」
誓いの金時計は、今日も絶え間なく、時を刻んでいる。
終
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